一般質問 虐待とDV支配から命を守る

最後の一般質問の傍聴に駆けつけた細野かよこ中野区議、三原智子福生市議とともに。

【狛江市における虐待の現状】

世田谷児童相談所における狛江市の相談受理件数は平成30年4月から9月までの期間で25件、狛江市のみで対応した26件と合わせて半年で51件でした。内訳として身体的虐待10件、性的虐待4件、心理的虐待28件、ネグレクト9件となっています。

現在、一時保護をした5件を含めすべての子どもが家庭に戻っているという事で、性的虐待4件 ネグレクト9件も家庭復帰し一緒に住んでいるという現状です。

【専門的な回復プログラムが必要】

虐待がもたらす子どもへの影響、特に脳への影響についてですが、福井大学こどものこころの発達研究センター友田明美先生の研究ではDV目撃で委縮する脳、体罰で委縮する脳、暴言で変形する脳が確認されており、 不適切なかかわりが子どもの脳を傷つけること その中で脅迫や人格否定などの暴言は身体的暴力の6倍もの影響があると報告されています。狛江ではすべての案件が家庭復帰しているわけですが、これほどまでに傷ついた子どもが、改善が見られたとはいえ同じ家庭の中で回復することが可能でしょうか。回復のための専門的なプログラムが必須だと思います。野田市で犠牲となった子どももPTSDと診断されていました。PTSDは日常生活が出来ないほどの苦しみが長期間続くこと分かっていますので、虐待支援の中に回復のための専門的なケアも含めるよう要望しました。

【家庭内の支配構造】

野田市の事件では加害者である父親はどういう人物だったのか。屈せざるを得ない、逆らえないほどの恫喝とはどれほどのものだったのでしょうか。

虐待に詳しい弁護士の斎藤秀樹先生は講演のなかで、支配に暴力は必須でない事を知って欲しいと述べられています。虐待する親というといかにも暴力や暴言、暴れるというイメージがあるかもしれない。今回の父親は職場での評判は穏やかな人、近所でも礼儀正しいと 2面性を挙げる報道もある。しかし、実はこれが典型的なハラスメント加害者の姿である。ハラスメント加害者に共通することは、対等な人間関係を築かないということで、身近な人間関係を支配するか従属するか、上か下かという縦の関係性の中でしか把握せず、その関係の中で支配者として君臨することで存在する。家庭の中では絶対的な支配者であり続け、児童相談所や学校との関係でも同様に支配・コントロールしていく。身近な人間関係を支配し、意のままにコントロールしようとするのがハラスメント加害者の特性であり、家庭ではDV.職場ではパワハラ・セクハラ、学校ではアカハラやスクールハラスメント、若年層ではデートDVといった形で登場する。注意すべき点はあえて身体的暴力に及ばなくても支配できる点である。ハラスメント加害者にとって暴力は支配するための一つの道具に過ぎない事を見誤ると被害の認知発見が遅くなり、被害者の救済が困難になる、とも述べられています。

【虐待とDVは同時に起きている】

狛江市におけるDV相談の延べ件数は平成30年度1月31日時点で37件。今年度に一時保護をした世帯は2世帯、3名との答弁が狛江市からありました。

DVに詳しい戒能民江お社の水大学名誉教授は

「DVと児童虐待が同時に起きる家は多いが、自治体の支援は縦割りで児童虐待の支援者は子どもだけ、DVの支援者は被害を受けた親だけを見がちだ。両方を一緒に支援する必要がある。配偶者や子どもを自分の所有物のように捉え、何をしてもいいと思う加害者の誤った考え方が問題の根本」とおっしゃっています。

現在、狛江市でも虐待とDVは別々の部署が担当しています。今後は一体的な支援が必要となりますが、まずは情報共有と連携強化を要望しました。

【母親はなぜ加害者となったのか】

DV支援を行うNPO法人Saya-Saya松本和子代表理事は「加害者は、子どものしつけが下手、などという被害者を否定する言葉とともに暴力をふるうことが多く、被害者の自尊心は低下、徐々に被害者は考えることをやめ、加害者がどう考えるかを基準に、顔色を窺って動くようになる。こうした状態が続くと被害者だけで子どもを守る事が難しい。母親はコントロール下において学習性無力感という状態になり、自分が至らないからだと思い込まされてしまう。「加害者の追跡の恐怖や経済的不安などで深刻なDVを受けながら逃げられない親子は多い」とし、家庭という密室の中で、被害者が加害に加担していかざるを得ないシステムについて解説しています。

【子どもの命と人権】

虐待は親を断罪するだけでは解決しません。痛ましい虐待事件が続くなか、私たちは支配の本質について正しく理解する必要があると思います。支配は時として愛情や熱意のような形で表現されることもあります。多少の虐待はあっても、やはり家族で過ごした方が良い という判断によってこれ以上、子どもの命が失われることがあってはなりません。子どもの訴えが主体となった相談と支援体制が、子どもの人権と安全を第一に作られることを強く市に要望しました。